すごい梨が出てきたもんだ~ 


夏といえば くだもの 果物といえばやっぱ 梨!

すごい梨を紹介してもらいました。
それも ただの梨ではありません。物語のある梨です。

以下は PDRの沼澤拓也さんが応援している 9人の男の梨物語

http://www.sansedai.com/ 

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もぐら通信 vol.24           2005.07.21
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    ~ 目の前に起こる出来事が最良の教材 ~

先日、山口県は下関に行ってまいりました。下関といえば「ふく(ふぐ)
」が有名ですが、夏は旬でないとのことで、今回はハモをご馳走になって
きました。ハモの湯引きに梅肉を付けて食べる食べ方は有名ですが、今回
はしゃぶしゃぶで頂きました。称して「ハモしゃぶ」とか。プリプリっと
して実に美味しかったです。全国各地には本当に美味しいものが沢山あ
りますね。(もぐら)


■今回のテーマ:ひとの心が動く瞬間

 いつもはひとの心を動かすことが私の仕事だと思っていましたが、今回
は私の心が動かされました。

 ここ半年間、ほぼ毎月のように佐賀県の大川町へ行っております。

 この大川町は、天領大川と呼ばれ、かつては幕府の直轄地(天領)でし
た。幕府が直轄地にするほど、土地が肥沃で農業に適した気候風土です。
ここで100年ほど前から梨の栽培が盛んになり、今では、日本有数の梨
の産地になっています。なぜこの大川町に毎月のように通っているのかと
言いますと、大川町の梨農家とのことがあってからなのです。

 大川町は、人口で3千余人ばかりの町ですが、内100世帯が梨専業農
家として営んでおります。しかし、農家の後継者不足は全国的に深刻な問
題の通り、この大川町も例外ではありませんでした。この100世帯の内、
後を継いでいる世帯はなんと10世帯にすぎません。そして、この次世代
の担い手である若き9人には切なる想いがありました。


 半年前ほどでしょうか、私は、ある人のご縁でこの9人に会うことにな
りました。毎日の農作業で真っ黒に日焼けしたそのはつらつとした外見と
は裏腹に、9人の心はどんより曇っていました。

 彼らが言うには、祖父の代より続いている梨は、自分たちの生活の糧で
あり、とても身近な存在だそうです。なぜ梨農家かと聞くと、「そこに梨
があったからです。ただそれだけです。しかし、継いだ以上、自分たちの
代で終わらすわけにはいきません。ですが、18歳の頃から継いで梨を作
ってきましたが、夢が無いのです。天候相手の仕事ですから、不安定です
し、体力的にもきついです。それでも、美味しい梨を作りたいと思って今
までやってきましたが、誰が食べているのか、美味しかったのか全くわか
りません。これまで大川の梨を食べて『美味しかったよ』のはがきの1枚
ももらったことがないのですから。」と。

 溜め込んでいた気持ちが関を切ったかのように溢れ出ました。

さらに、続けて、
「このような状態で自分の子どもたちに胸を張って、梨作りを続けて欲し
い、継いで欲しいとは言えません。でも、今のままでは今のままです。何
とかしなくてはと思っているのですが、何をどうしたらいいのか・・・。」
と、言って唇をキュッと結びました。

 この気持ちが私の心に、ズシンと響きました。

 どんな仕事であれ、人から感謝されたり、やってて良かったと思える瞬
間があるからこそ頑張れるものだと私は思います。仕事とは10のうち
9割は大変で辛いことの連続だったりします。しかし、残りの1割がお客
様に喜んでもらえたり、自分の満足のいく結果だったりと、それが今まで
の9割を帳消しにするくらいのものだからこそ、やってこれたと思ってい
ます。

 ところが、この1割の喜びを無くして仕事を続けていくことの辛さ、無
念さは想像を逸するものであろうと思わずにはいられませんでした。

 だからと言って、私は、同情や哀れの感情が湧いたのではありません。
この現状を打破しようと集まり、動こうとしていたその気持ちに心が動か
されたのでした。

 詳細な話をすると、この9人の若き梨農家の1人の友人が私を知る共通
の人でした。彼はまず、その友人に想いを伝えその友人から私は、大川町
の梨農家のみんなに会って欲しいと言われたのでした。恐らく、この私と
彼らをつなぐことになった、彼の友人の気持ちを動かさなければ、私は先
週も佐賀にはいなかったでしょう。

 さらに、私はこの話を聞いて、福岡にいるお客様2社に話をしました。
1社はコミュニティサイトを運営している会社さんで、もう1社は包装資
材のメーカーさんでした。

 この2社の担当者もまた、この若き梨農家の熱い想いに打たれました。
そして、直接お客様の顔がみえる仕組みを構築しようということになり、
それぞれの会社で出来ることを話合いました。
 
 コミュニティサイトではサンプルプレゼントのキャンペーンが打たれ、
全国から約500件もの応募がありました。また、この9人で新しいブラ
ンドを立ち上げ、それに伴い専用のシール、箱、そしてホームページを包
装資材メーカーの方が作ってくれました。

 これらは全て無償でのことです。

 今では、私のみならずうちの社員も、自分の仕事を抱えながらも何かでき
ることをしたいと顧客管理用のデータベースを作成しています。

 何が人をこうさせるのでしょうか。

 単なるボランティア精神でしょうか。いいえ、違います。この9人の熱
い想い、夢に参加したくなったのです。

 新しいことを始めるのはとても勇気が要ります。この9人の梨農家も、
先輩梨農家や農業関係者に非難されたり、批判的な態度をされたりしてい
ます。それでも、彼らは生き生きとしていました。

それは、夢を持ってその中に生きているからです。

問題、悩みは誰しもあります。しかしそれを打破し夢へと転換した時、新た
な力がみなぎるのです。そしてその新しい力の輪は、また新しい力を得て、
一段と大きく


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